tumblrで収集してる画像と、自分の作品を比べて、その落差を意識する。
落ち込みはしないけど、もっと鋭い作品を作らないと
感情面うんこに染まりつつあって暗澹たる気持ちになるので
それはおいといて、をやっている
何か重大な欠陥があるのは自分のほうらしい
いきなり滅茶苦茶なこと書いてるな。
今日、あらゆることが儚く感じた。
儚いし、ダメだった。何か重大な欠陥があるように思えた。この世に。
何もかもが残念に思えてならなかった。
理性で対応しなかったら自殺したかもしれない。
絵を描こう。
日記は日記
思い立って、日記用とリブログ用を分けることにした。いい加減腹が立つからね。
日記の異臭に。
こんなの見られた日にはスーパーの屋上から落下する。そのくらいのレベルのことが書かれてる。
スーパーの屋上なら死なないと思われるかもしれないけど、僕は死ぬよ。
一回の日記につき一回の落下だから、全部読んだら間違いなく僕は死ぬ。
http://anguloa.tumblr.com/(リブログ100パー)
うーん
画面の中に集中しつつ、まわりの空間への影響も考える、ということか。
画中画のような意識になるのか。
作品の行く末のことを考えると、こんなものばかり作っていてもしょうがないとも思った。
つまり、なんらかの場所に置かれて、良い空間が作れるのかという疑問が。
そうすると作品の質…センスの欠如が浮き彫りになってくるのだが、
インテリア的な質を意識して作るのも違うなぁと思ったりもする。
飾ることを前提に描いても仕方ないが、一体どこで見ることを前提にして作ってるのだろう、と。
描かれている部分だけで完結するのではなく、その作品の周囲の空間はどうなるかを考えなければいけないようだ。
メモ
振れ幅の大きいものをニュートラルの位置につなぎとめたい。
激しい画面の上に、それを消すような層を乗せるとか、安直すぎるかな。